第7-15日 Vol.183  如來の慧に入りにき 【従地涌出品第十五】(三十九~四十五行)



★★ きょうの謎!
 
その謎1:釈迦は先ず、今まで教化を施してきた一般の衆生全般に対して感謝を示している

     のでしょうか?
 
その謎2:如来の慧に入ることと、佛慧に入ることは違うのでしょうか?
 
その謎3:先より小乗を学せる者については除くということは、舍利弗や摩訶迦葉などの声

     聞の大弟子たちは釈迦如来の慧には入っていなかったということでしょうか?
 
 
 
■■第7-15日 Vol.183
 
 如來の慧に入りにき
 
  【従地涌出品第十五】
  (三十九~四十五行)
 
■■今日の一偈一句
 
 ソ トキ  セソン モロモロ ボサツダイシュ ナカ オイ コ ミコト ナ      カク ゴト カク
 爾の時に世尊、諸 の菩薩大衆の中に於て是の言を作したまわく、是の如し、是の
 
 ゴト モロモロ ゼンナンシ ニョライ アンラク   ショウビョウショウノウ モロモロ シュジョウトウ ケド
 如し。諸 の善男子、如來は安樂にして少病少惱なり。諸 の衆生等は化度すべき
 
   ヤス  ヒロウ        ユエ イカ   コ モロモロ ショウジョウセセ  コノカタ  ツネ
 こと易し。疲勞あることなし。所以は何ん、是の諸 の衆生は世世より已來、常に
 
 ワ  ケ ウ    マタ カコ ショブツ オイ クヨウ ソンジュウ モロモロゼンゴン ウ    コ
 我が化を受けたり。亦過去の諸佛に於て供養・尊重して諸の善根を種えたり。此の
 
 モロモロ シュジョウハジ ワ ミ  ミ ワ ショセツ  キ  スナワ ミナシンジュ ニョライ エ  イ
 諸 の衆生は始め我が身を見、我が所説を聞き、即ち皆信受して如來の慧に入りに
 
   サキ  シュシュウ ショウジョウガク  モノ ノゾ  カク ゴト ヒト  ワレイマ マタコ キョウ キ
 き。先より修習して小乗を學せる者をば除く。是の如きの人も、我今亦是の經を聞
 
   ブッテ イ     エ
 いて佛慧に入ることを得せしむ。
 
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  1. 今 日 の 解 読 !  (苦)
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その時に世尊は、諸々の菩薩大衆の中に於てこの御言葉をかけられた、そのとおりで
 
ある、そのとおりだ。諸々の善男子よ、如来はこのとおり安楽にして病少なくして悩
 
み少ないピンピン状態である。諸々の衆生等に対しては化度(けど:教育してさとり
 
へ導く)すべきことはし易い。とくに疲労あることはない。なぜならば、この諸々の
 
衆生は過去世代々よりこれ以来、常に我が教化を受けてきたからだ。また過去の諸佛
 
の時代に於て供養・尊重してきて諸々の善根を種えてきたためである。この諸々の衆
 
生は始めから我が身を見、我が所説を聞き、直ちに皆が信受して如来の智の恩恵に入
 
ってきた。しかしながら以前より修習して小乗を学してきた声聞の者だけは除く。こ
 
のような声聞の人も、さらに我は今世において再度この経を聞いて用いることにより
 
供に佛の智慧に入ることを得れているのだ。
 
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  2. 今 日 の 説 法 !  (集)
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前回は、地涌の上首にある四人の大菩薩が釈迦に対し挨拶を行ない、少病少悩でいら
っしゃるか、衆生はしっかり言う事を聴いて教化しやすく居ますでしょうかと御機嫌
を問うていましたね。
 
今回、釈迦はその場の菩薩大衆全体に向かって、地涌の四大菩薩たちからのねぎらい
の挨拶に対して以下のようなお礼の言葉をまとめて述べられました。
 
「そうである、そのとおりである。諸々の善男子よ、如来は今、とても安楽であり少
病少悩そのものである。ここの諸々の衆生はとても素直で教化することはとても楽で
ある。とくに疲労することはない。なぜならば、この諸々の衆生たちは過去世の代々
昔から今日まで、常に我の教化を受けてきた者たちだからである。また過去の諸佛に
対しても諸々の良い行いを施してきたためである。この諸々の衆生は最初に我が身を
見て、我が所説を聞き、最初からすぐに皆が信心を受け入れて如来の智慧に入ってい
るのだ。だが以前から修行・修学を小乗のために積んできた者は除かれていた。その
声聞の者たちも、我が今世に再度この法華経を共に知ることにより佛の智慧に入るこ
とが出来るようになったのだ。」
 
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  3. 今 日 の 謎 !   (滅)
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まず、今日の謎を整理して見ることにしましょう!
 
その謎1:釈迦は先ず、今まで教化を施してきた一般の衆生全般に対して感謝を示し
     ているのでしょうか?
 
その謎2:如来の慧に入ることと、佛慧に入ることは違うのでしょうか?
 
その謎3:先より小乗を学せる者については除くということは、舍利弗や摩訶迦葉な
     どの声聞の大弟子たちは釈迦如来の慧には入っていなかったということで
     しょうか?
 

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法華経 序品第一

 

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7-15

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コメント: 2
  • #1

    ぶっけん (火曜日, 14 11月 2017 23:05)

    シンプルに見易くする必要性など何もない。すべては移り変わっていくのだ。ただ無量に赴くままに。

  • #2

    ぶっけん (水曜日, 15 11月 2017 11:49)

    法華経の内容は前半と後半とに種類が分かれているという説があるそうです。
    それは法華経全28品のうち単純に真ん中から分け、序品第一から安楽行品第十四までが前半部、従地涌出品第十五から普賢菩薩勧発品第二十八が後半部とされているようです。
    日本の日蓮聖人が特にこの分け方に触れていますが、前半部は後半部からの真実の説法を組み立てるための方便であるから前半部は今はすでに捨ててよいとまで言っていたそうなのです。
    つまり、これからの時代に大事なのは後半部だけだという意味だったのです。
     
    その後半の最初が今日の従地涌出品第十五であります。
    この品から何が変わるのかと言えば、今まで釈迦が秘密に隠していた地涌菩薩という大量の菩薩集団がこの品から初めて登場してくるということなのです。
    前半部では釈迦自身が実際に修行するうちに釈迦を師匠として長年付き添ってきた大弟子たちへの将来の自立した修行の在り方の言い渡しが中心のようです。それは釈迦が亡くなる前の弟子たちへの事前相続のような儀式にも思えます。
     
    それに対し、後半の始まりの従地涌出品では釈迦はそれまでの弟子たちとはさらに別に誰にも秘密で教え育てておいた大量の菩薩集団を地底から地上へと湧き上がらせたのです。
    それらが地涌菩薩という釈迦が独自に計画した未来実践用の新型の菩薩集団らしいのです。
    そして、日蓮聖人はその地涌菩薩集団を代表する四大菩薩のうちの一人の上行菩薩を模る化身であると自称してたと言われています。
     
    法華経の唯一の行者と言われていた日蓮聖人がこの法華経の後半部にとても力を注いでいたということは釈迦の未来計画に対し日蓮が誕生した当時にその未来が匹敵し始めていたことを物語るのかもしれません。
    即ち、鎌倉時代が釈迦の末法の始まりと言われているのです。
     
    (ぶっけん 成安田)