第1-6日 Vol.6  声聞弟子への授記 【授記品第六】(一~七行)

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■■第1-6日
 
 声聞弟子への授記
 
  【授記品第六】
  (一行~七行)
 
 ■■今日の一偈一句
 
 ソ トキ  セソン コ  ゲ ト オワ   モロモロ ダイシュ ツ   カク ゴトコトバ トナ   
 爾の時に世尊、是の偈を説き已つて、諸 の大衆に告げて、是の如き言を唱えたま
 
    ワ  コ デシ マカカショウ  ミライセ オイ  マサ   マンノク ショブツセソン ブゴン  
 わく、我が此の弟子摩訶迦葉、未來世に於て當に三百萬億の諸佛世尊を奉覲して、
 
 クヨウ クギョウソンジュウ サンダン ヒロ ショブツ ムリョウ ダイホウ ノ     ウ   サイゴシン
 供養・恭敬・尊重・讃歎し、廣く諸佛の無量の大法を宣ぶることを得べし。最後身
 
  オイ ホトケ      エ  ナ コウミョウ ニョライ オウグショウヘンチミョウギョウソクゼンゼイ セケンゲ
 に於て佛になることを得ん、名を光明如来・應供・正偏知・明行足・善逝・世間解
 
  ムジョウジジョウゴジョウブテンニン シ ブツセソン     クニ コウトク ナヅ コウ ダイショウゴン
 ・無上士・調御丈夫・天人師・佛・世尊といわん。國を光徳と名け、劫を大莊嚴と
 
 ナヅ  ホトケ ジュ  ショウコウ ショウホウヨ ジュウ     ショウコウ ゾウボウマタジュウ 
 名けん。佛の壽は十二小劫、正法世に住すること二十小劫、像法亦住すること二十
 
 ショウコウ
 小劫ならん。
 
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  1. 今 日 の 解 読 !  (苦)
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その時に世尊、前品の薬草諭品の詩頌を説き終わって、諸々の大衆に認知させると共
 
に、次のようなお言葉を唱えられた、我がこの弟子摩訶迦葉は、未來世に於て必ずや
 
三百萬億の諸々の佛世尊を崇め尊んで、供養し、恭敬し、尊重し、讃歎して、広く諸
 
仏の無量を支配する大法を宣説する力を得るであろう。最後の肉体を尽す佛になるこ
 
とを得るのである、名を光明如来・應供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・
 
調御丈夫・天人師・佛・世尊という。国を光徳と名付け、劫を大荘厳と名付ける。そ
 
の佛の寿命は十二小劫、正法にて世の中に住すること二十小劫、像法同じく住するこ
 
と二十小劫となる。
 
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  2. 今 日 の 説 法 !  (集)
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前にも申し上げましたように、声聞への成仏授記は法華経の特例だということでした
ね。ですから通常は菩薩のみに対する経典上の待遇だと考えられますが、声聞に与え
るということは慈悲とともにそれ相当のしつけの強化の意味が絡んでいるものと思え
ます。
 
また再び、方便品第二の舎利弗がやっと説法を受けることができたところを読み直し
てみてください。
諸佛つまり如来はただ一大事の為にこの世へ出現するとあり、そして釈迦は舎利弗へ、
諸佛如来はただ菩薩を教化したもう、といって説教しています。
 
 つまり、大昔から釈迦に限らず佛は皆、如来となって現れたときは一切衆生の中で
も菩薩だけを対象に教育を施していたということです。
ですから菩薩より格の低い声聞・縁覚つまり阿羅漢などは如来による教育の対象外だ
ったのです。だから、声聞である舎利弗などに説法を説くということは実際は通常の
佛基準と異なる特別大サービスだということなのです。
 
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そうしますと、実際の釈迦とは相当なワンマンで利己主義的な鼻持ちならない見栄っ
張りなのではないかと思ってしまいますよね。
案外そう思ってしまうのも通常だと思われますが、実は過去歴代すべての佛に対して
は釈迦はとても気を使っておられる小まめな慎重派なのです。
 
歴代の佛がどのようなきまりで運営されてきているか、そしてそのきまりが良かった
のか悪かったのか、とても神経を使って判断を決めておられるのです。
あの世の佛さま同士のお付き合いもなかなか大変なようですね。
 
そういう通常の佛の境遇で、弟子の声聞へ授記を与える釈迦の苦心と策はどういう意
味があるのでしょう?
 
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  3. 今 日 の 謎 !   (滅)
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まず、今日の謎を整理して見ることにしましょう!
 
その謎1:大弟子摩訶迦葉への、最後身に於て佛になる、という最後身とは一体なん
     であるのでしょう?
 
その謎2:授記の内容で、劫、佛の壽、正法、像法などの意味は?
 

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  4. 今 日 の 知 識 !  (道)
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釈迦や他の過去佛のほとんどは、何度か或いは数知れぬほどこの世に再誕しています。
如来として舞い降りるだけでなく、その都度人間の姿で生れてきているのです。
実は、私たち衆生も何度も生れ変わっているのですよ。
自身の前世と来世とが密接に関連し合っていている私たちの生きる現世なのです。
 
そこで、最後身に於て佛となるという意味を考えてみましょう。
通常は佛になっても生まれ変わって来れるはずなのに最後身(最後の肉体の境遇)と
はなんと恐ろしい条件を釈迦は迦葉へ与えたことでしょう。
やっと佛に成れたらそれでもうこの世に二度と生れて来れず、佛の寿命尽きれば存在
はすべて消滅してしまうということですよね。
 
これは一体どういうことなのでしょう? 
実は、最後身に関連しているのは声聞の目差したがる阿羅漢という出世地位が問題な
のだと思います。
ここで少し阿羅漢の地位について説明しておきます。
阿羅漢とは仏教信者達が崇拝供養を与えることでその特定の信者へ教えを説き待遇あ
る信者の暮らしを施してあげる人徳名誉の地位のことらしいです。
 
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そして声聞修行者が阿羅漢になるためには四段階の地位を経るといわれ、その名は法
華経に対する開経に当たる無量義経の徳行品第一にも記されていますが、一段階目が
須陀含(聖者の部類の位)、二段階目が斯陀含(今生の後、更に一回この世界に生れ
帰るのみで解脱を得る位)、三段階目が阿那含(この世界で死すれば再びはこの世界
に生れることなく、天に生まれ涅槃を得る位)、そして四段階目が阿羅漢(最高の段
階で、他の供養を受けるに値する位)となっています。
 
つまり、他の供養を受けるに値する位を得れるのは阿羅漢にまで昇格しなければなら
ないのが条件であり、更に二と三段階目の生半可な出世ではこの世に継続して生れて
来れなくなるという、なんとも胡散臭い階級のきまりごとですね。
なお、阿羅漢は基本的には菩薩になるための標準コースではありませんので、大阿羅
漢であった大弟子たちに一旦菩薩になれという釈迦の指導は異例なことなのです。
 
そんな意味もあって、釈迦は迦葉に対し最後身を条件に言い渡したのかもしれません。
迦葉など大弟子たちは実際は声聞地位に誇りを持ち、執念で修行していたのですが、
今後は釈迦の言いつけどおりにどれほど菩薩修行へ切り替えていけるかが駆け引きの
厳しさになっているのではないでしょうか。
 
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劫の意味は、極めて長い時間を量る単位であり、小劫・中劫・大劫などあり、現代の
年数とは違う時間単位です。
 
佛の壽とは、その意味は大変難しいのですが、私が考えた限りでは、の世に生を受け
ていた佛あるいは人間が亡くなって佛に成った場合に次に再びこの世へ生れてくるま
でのあの世で暮らす期間、あるいはそれきり最後身としてのあの世で暮らす期間では
ないかと思います。
 
つまり、考えや悟りが厳正で強い信念でこの世の安定を見ていいたい義務感の強い佛
ほどその寿命は長くなるものと思います。
ですから、迦葉が光明如来となった場合の佛の寿命が十二小劫というのはかなり短い
期間だということです。
 
正法、像法とは、この世に現れた如来が入滅した後、その如来の残したこの世の正し
い生き方がしっかり衆生たちに信念として保たれている期間の時代をいい、像法とは、
正法の時代を過ぎ去り、最初の正法時代の生き方が単に形だけの模倣程度になり信念
は失われている期間の時代をいいます。
なお、この像法の次に末法というものもあります。
 
末法はほとんど正法の正しい教えはすでに忘れ去られてゆき、その後完全に滅亡して
しまうまでの時代のことです。
 
釈迦の場合の正法は現代年数では1000年、像法も1000年、末法は未定であり一応一万
年とも永遠に続くともいわれています。
釈迦が入滅されたのは、今から約3000年近く前、或いは約2500年位や2300年位やら幾
つかの説がありますが、どの説にしても現在はもう末法の時代に入っている計算にな
るのです。
 
これら釈迦の寿命や正法・像法・末法の長さについては実際は法華経の中では記され
てはいません。ですから一般にいわれている上記期間は何が根拠になっているのかは
本来はまったく定かではないのです。
 
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  5. 今 日 の 解 脱 !  (悟)
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最後身などの話はだいぶ恐いですね!それだけ釈迦の弟子へのしつけは大層厳しかっ
たのでしょう。釈迦の直属の大弟子たちなのですからそれ相応に釈迦に追いつくくら
い偉くてしっかりした人物だと当然思うのですが、どうやらその考えは違っていたよ
うに思えてきました。
 
如来はこの世の一大事にのみ現れるわけですから、どうやら一番の問題拠点へ降りて
こられたようですね。しかし、実はこの後の品を読んで行くと少し解ってきますが、
釈迦自身はこの度はある国の王子として生れてきたのです。
そして、19歳(29歳説もある)で王位を捨てて出家し、30歳(35歳説もある)で菩提
樹下で成道するまでは自身が佛だとは悟れなかったようです。そして、おそらく如来
の真実を知るまでになったのは法華経を解き明かした72歳の頃以降だったのかもしれ
ません。
 
ですから、成道からその年齢に達するまでの40余年の期間は自身が如来であることす
ら知らぬままに弟子達を引導していたわけです。
その弟子達が皆声聞だったということになりますね。釈迦の義理深さがここに感じら
れるわけですが、例え自身が如来であると悟ってもそれまで引導してきた弟子たちを
見捨てることなく苦心して成佛の授記をしっかり与えたのです。
 
そして、自身と同じく佛の中でも如来の座をこなせるまでになれとしっかり見習わせ
たのです。
 
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ところでもう一度、釈迦の末法について触れておきましょう。一応、釈迦には末法が
あるという思想は6世紀頃になって中国において発生しだしたという説があるそうで
す。それは釈迦入滅後の1000年乃至1500年の頃に該当します。
 
岩波仏教辞典によると、釈迦に関する正法・像法・末法といういわゆる三時思想とい
うものは明確にはなかったらしく、その後の信者や聖人による経論によるものでは釈
迦の正法は五百年説と千年説があるが像法は千年であるとされていて、それにより末
法の始まり時期については入滅後千五百年説と二千年説とがあるらしいのです。
 
中国仏教徒の伝承に基づくと釈迦の入滅は紀元前949年なので、末法の世に入るの
は第一説では西暦552年、第二説では西暦1052年の二つに分かれるということ
です。そして中国では第一説が採用され、日本では第二説が採用されたそうです。
 
そこでちょっとした不思議に気づくのですが、実は日本への百済からの仏教伝来の年
のことなのです。
仏教伝来年には日本の記録としては二つの説があるそうです。一つは西暦538年、
もう一つは西暦552年なのです。つまり、二つ目の西暦552年とは上記の中国で
の末法始まり説の第一説とまったく同年なのです。
 
更に驚くべきは、日本伝来の二つの説の年差14年間は、なんと中国史上初の始皇帝
により中華国家統一がなされた時からその秦国があっけなく滅亡するまでの僅か14
年間に等しいことがわかるのです。
実に釈迦の末法思想の裏神話にはこういう真実の実態が隠されていたというように推
理してみるのもとても興味深い歴史の事実を知る重要な手掛かりとなっているのです。
 
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  6. 今 日 の 振 り 返 り !(脱)
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今日の日月説法はいかがでしたか?
法華経は生きているという感じですね。ほとんど気配もなく脈々とした歴史を刻々と
築いて来ているのです。私たちが知らない間にも法華経は生き続けて来ているのです。
その法華経が遥々インドから中国を経て日本へ渡りその日本こそを永住の場と定めら
れたといういことは私たちの国日本はかけがえもなく恵まれているのです。
 
法華経は私たち日本に置かれるべきとされた奇跡的な栄光は何事にも替え難い有り難
いことなのであります。これこそ何億年に於ても語り尽くされることもない日本の無
量の誇りでしょう!
 
 
今回も読んでいただき、誠にありがとうございました。
末永くご愛読いただけますよう、今後とも何とぞよろしくお願いいたします。
 (成安)
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(C) 成安 All rights reserve.

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