第1-17日 Vol.17  長遠な寿命を知るることの大功徳 【分別功徳品第十七】(一~十四行)

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■■第1-17日 Vol.17

 

 長遠な寿命を知るることの大功徳
 
 【分別功徳品第十七】
 (一~十四行)

 

■■今日の一偈一句
   
 ソ  トキ ダイエ ホトケジュミョウコッシュジョウオン   カク ゴト    ト    キ  
 爾の時に大會、佛の壽命の劫數長遠なること是の如くなるを説きたもうを聞いて、
 ムリョウムヘン アソウギ シュジョウダイニョウヤクエ  トキ セソン ミロク ボサツマカサツ  ツ    
 無量無邊阿僧祇の衆生大饒益を得つ。時に世尊、彌勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、
 
 アイッタ  ワレコ ニョライ ジュミョウジョウオン ト  トキ     マンノクナユタ ゴウガシャ シュジョウ
 阿逸多、我是の如來の壽命長遠なるを説く時、六百八十萬億那由他恒河沙の衆生、
 
 ムショウボウニン エ マタ バイボサツ マカサツ   モンジダラ ニモン  エ マタ セカイミジンジュ ボ
 無生法忍を得。復千倍の菩薩摩訶薩あつて聞持陀羅尼門を得。復一世界微塵數の菩
 
 サツマカサツ    ギョウセツムゲベンザイエ マタ セカイミジンジュ ボサツマカサツ      マンノクム
 薩摩訶薩あつて樂説無礙辯才を得。復一世界微塵數の菩薩摩訶薩あつて百千萬億無
 
 リョウ センダラニ  エ マタ  ダイセンセカイミジンジュ ボサツマカサツ   ヨ  フタイ  ホウリン テン
 量の旋陀羅尼を得。復三千大千世界微塵數の菩薩摩訶薩あつて能く不退の法輪を轉
 
   マタ  チュウコクドミジンジュボサツ マカサツ   ヨ ショウジョウホウリン テン  マタショウ コクドミ
 ず。復二千中國土微塵數の菩薩摩訶薩あつて能く清淨の法輪を轉ず。復小千國土微
 
 ジンジュボサツ マカサツ     ショウ マサ アノクタ ラ ミャク ボダイ ウ   マタ  テンゲミ
 塵數の菩薩摩訶薩あつて、八生に當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。復四四天下微
 
 ジンジュボサツ マカサツ     ショウ マサ アノクタ ラ ミャク ボダイ ウ   マタ  テンゲミ
 塵數の菩薩摩訶薩あつて、四生に當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。復三四天下微
 
 ジンジュボサツ マカサツ     ショウ マサ アノクタ ラ ミャク ボダイ ウ   マタ  テンゲミ
 塵數の菩薩摩訶薩あつて、三生に當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。復二四天下微
 
 ジンジュボサツ マカサツ    ショウ マサ アノクタ ラ ミャク ボダイ ウ   マタ  テンゲミジン
 塵數の菩薩摩訶薩あつて二生に當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。復一四天下微塵
 
 ジュボサツ マカサツ     ショウ マサ アノク タラ ミャク ボダイ ウ   マタ セカイミジンジュ
 數の菩薩摩訶薩あつて、一生に當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。復八世界微塵數
 
  シュジョウ   ミナアノク タラ ミャク ボダイココロ オコ
 の衆生あつて、皆阿耨多羅三藐三菩提の心を發しつ。
 
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  1. 今 日 の 解 読 !  (苦)
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その時に場内の大衆は、釈迦自身の寿命の長さは遥か長遠であるという前品の話を釈
迦から聞いて、はかり知れないほど無量無限数の衆生は大ご利益を得たのであった。
   
ある時に釈迦は、弥勒菩薩に告げられたのである、「阿逸多よ、我がこの如来の寿命
が長遠なることを説こう時、六百八十万億無量数の衆生は、無生法忍という真実の理
を悟り。
   
またその千倍数の菩薩摩訶薩が居て聞持陀羅尼門という悪を止め善をすすめ行う力を
得た。
   
また一つの世界の微塵数の菩薩摩訶薩が居て樂説無礙辯才という恐れることなく自由
自在に理解させることのできる説法の智慧を得た。
 
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また一つの世界の微塵数の菩薩摩訶薩が居て百千萬億無量の旋陀羅尼という陀羅尼を
旋らす力を得た。
   
また三千大千の世界の微塵数の菩薩摩訶薩が居て上手に不退の法輪というどんな障害
や困難にも負けずに退くことなく仏の教えを伝道していくことで仏の教えが車の輪の
ように(法輪を転ず)無限に回り広まっていくことができた。
   
また二千の中国土の微塵数の菩薩摩訶薩が居て上手に清淨の法輪報酬や見返りなどを
求めない清浄な心で法を無限に広めることができた。
   
また小千の国土の微塵数の菩薩摩訶薩が居て、八度目生まれ変わった後には必ずや阿
耨多羅三藐三菩提という最上で完全な悟りを得るであろう。   
 
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また四つの四天下の微塵数の菩薩摩訶薩が居て、四度目生まれ変わった後には必ずや
最上で完全な悟りを得るであろう。
   
また三つの四天下の微塵数の菩薩摩訶薩が居て、三度目生まれ変わった後には必ずや
最上で完全な悟りを得るであろう。
   
   
また二つの四天下の微塵数の菩薩摩訶薩が居て、二度目生まれ変わった後には必ずや
最上で完全な悟りを得るであろう。
   
また一つの四天下微塵数の菩薩摩訶薩が居て、一つの生涯のうちに必ずや最上で完全
な悟りを得るであろう。
   
また八つの世界の微塵数の衆生が居て、皆最上で完全な悟りを成就しようという決意
を起した。」
 
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  2. 今 日 の 説 法 !  (集)
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釈迦の前品如來壽量品第十六での真実の訴えはよほど大きな御利益を菩薩やはかり知
れない数の衆生全てへもたらしたのですね。
そして釈迦の如来としての大福の器は大そうドデカイジャンボ旅客機のような壮大で
豪華な世界を持っておられるのですね。
   
今日の説法はこれくらいで、昨日のご利益の余韻を十分味わっておきたいくらいです
ね。
 
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  3. 今 日 の 謎 !   (滅)
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まず、今日の謎を整理して見ることにしましょう!
   
その謎1:如来の寿命が永遠であることを知る衆生は皆何故、大ご利益を得るのでし
     ょう?
   
その謎2:四天下微塵數とはどういう意味でしょう?
   

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  4. 今 日 の 知 識 !  (道)
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釈迦の如来の寿命の説法を聞くことでその衆生が皆大利益を得るという意味は、単に
寿命が永遠に長いことに対してだけではないようです。
これは釈迦の説法の巧妙さであり、如来の寿命が永遠という表向きの話の奥深くに本
来の大切な真実の隠れている重大な内容の説法が壽量品第十六だったはずです。
 
その寿命が永遠ということに対しどういう真実を釈迦は説いたのかは、前品で少し説
明しました。
そうです、如来は永遠の存在だからその教えの言葉も決して変わらない永遠不滅の真
実の言葉だということでしたね。
   
その真実の一つが如来は永遠に滅してないということですね。
それは滅していないということは永遠であった過去に対してのことであります。
つまり、はかり知れない遠い昔から今までが永遠だと言っているのです。
   
と、いうことはどういうことでしょう? 
如来はこの後は滅することになるのでしょうか? 
なぜかといえば、釈迦は永遠な昔からこの世に生を受ける都度存在していたのです。
そしてその都度佛に成れた時代もあれば成れなかった時代もあるのです。
ただし、この佛に成れたというのは生きているうちに成れたという時代のことだと思
います。
 
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釈迦はこの度も生きながらにして佛に成れることができたのですが、それでは、佛に
成れずに通常の人間と同じように亡くなってしまった昔の時代があればその時、すで
に寿命がそこで滅しているのではないかと思えてきますね。
 
ところが、その成仏の位にまでいけずにして人間として亡くなった時があってもそれ
以前の時代の中ですでに成仏に適った前世があれば現実はその後に於ては佛として人
間の姿をして生れ変わってきているのです。
   
つまり、ある時代に成佛できない人間のまま亡くなったようであっても亡くなれば佛
の位にまた戻れるみたいです。
前世にすでに佛に成っていると結構再チャレンジなどに使うためなのか貯蓄が便宜上
残っているかのようですね。
法華経の中でも壽量品第十六こそが衆生の興味や話題の中心が特に集中する品といわ
れていることがよくわかってきそうですね。
 
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次に、四天下微塵數とはどういう意味があるかということですが、四天下とは須弥山
の中腹に住むという四大天王の天下であり、その須弥山の周囲四方の海に浮かんでい
る大きな四つの州(島)の国々のことだと思います。
その四大天王もすでに少し説明しましたが、四大天王は実は欲界を天下に治める四大
守護神なのです。
   
仏教界にとって欲界とは最もタブーに思えますが、本来は密接に関わっているといえ
そうです。
釈迦は舎利弗に三界での生き方をしっかり身につけなさいと厳しく説いていますが、
三界とは、本来の一仏乗といって無上道世界である第一界に対する上から三番目の三
界ということです。
欲界とは主にその三界のことをいい、今我々の住む世界のことです。
  
更に、実際には三界の中には全部で六つの欲界があるといいます。
欲界の頂点である須弥山の中央頂上には帝釈天が大城に住んでおり、同じく須弥山の
頂上には六欲天のうちのトウ利天や兜率天も住んでいます。
   
なお、中腹に住んでいる四大天王は六欲天の第一といわれますが、一番強烈に恐ろし
いのは第六天の魔王といわれる他化自在天です。
これら三界の六欲天は皆、大城の帝釈天に仕えているのです。
(ただし、帝釈天は六欲天ではないようです。)
 
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それら四大天王に支配されている四州の島国を微塵の如く粉々にした無量の数を四天
下微塵数というらしいです。
つまり、四四天下とは四天下の支配下の四州全部、三四天下は三州分、二四天下は二
州分、一四天下は一州だけの微塵数ということになるのでしょう。
   
つまり、四四天下とは一四天下の4倍の数があるということであり、菩薩の数が4倍
になればその菩薩たちの成佛できるまでの期間も4倍長くかかるという意味になりま
す。
ですから、菩薩の数が少ないほうが成佛は反比例して早くて恵まれるということにな
るのですね。わかりますか?
  
また、四天下の州の数の量に関わらずその量の菩薩たちは一人ずつ皆同じだけの努力
や苦労を重ねても、その同じ努力や苦労をする菩薩の量が多ければ多いほど徳が少な
いという意味として理解できますね?
何とか解るようでもあり、何となくちぐはぐにも思えますね。
 
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  5. 今 日 の 解 脱 !  (解)
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この品は分別功徳品です。よって、功徳に対する分別認識を深めなさいということな
のでしょうね。
この品は前品のあまりに豪華な徳になる説法に対し、もう少し補足して理解を良くさ
せようと釈迦がちゃんと用意してくれたちょっとした提供プレゼンかもしれませんで
すよ。
   
功徳を紹介してくれる、とても嬉しい品ですが、ナントこの功徳品と名づく品はこの
分別功徳品の後も隨喜功徳品第十八、法師功徳品第十九と何故か三品続きます。
嬉しいようだけれどそれだけ良く勉強しないと功徳にも幾つか種類があってせっかく
の有り難い功徳の紹介も猫に小判になってしまうかもしれませんから心を引き締めて。
   
一体どういう特別な徳があるのか、ここでしっかり頭を冷やしてじっくり身につけて
おきましょう。
 
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この品の最初はやたらと前品の功徳をただ大げさに印象付けるように大アピール戦略
を企てているだけか?のように感じられますけど、そのようにラフに法華経を読むこ
とは実は勿体無いことです。
どんな所でも簡単な意味で書かれているはずはないと思うほうが良いのです。
簡単そうに思える所こそ注意深さが必要です。油断はこけます!それが法華経の教訓
です。
   
前品の教えがその意味がよくわからなくともあまりに大事な教えらしいということだ
けは何となくわかるようですね。
それはそれで今後のお楽しみとして、この品の何やら何とか四天下やら微塵数やらで、
何回生まれ変わると悟りを開けるとか書かれていて大胆不敵なあてずっぽ話のように
も思えても、何か意味がありそうなもどかしさが大体問題ですね。
   
そういえば大体オジサンなんてタレントがいて、何でも「大体やね~・・・」とわか
りきったような言い振りでこの法華経を片付けてしまったら、かなりつまらない人生
になってしまうかもしれませんからね。しっかり探求しましょう!
 
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まず、如来になれる仏様は滅多にいないと前にも説明しました。如来のお姿で降りて
これる条件は、基本的には強いこと、そして佛で居た前世の期間が遥か長遠であるこ
となどでしょう。
釈迦はその条件に最も当てはまった仏様だったのでしょうし、更に如来としてはこの
世の一大事に関して大きな責任と大覚悟の上に降りてこられるということです。
  
釈迦は、この度如来として現れた以前の前世には何度も仏の身として現れていたこと
はあっても、如来の身としては今回が初めてだったのではないでしょうか。
つまり、如来として降り立つことは長遠の期間、仏の身だった者の今までの最終決議
或いは手段、もしくは集大成としてのこれで最期の意味があるのではないかと思うの
です。
   
如来は通常の仏とは異なり、一大事のための大なる戦いを指揮する為に降りてくるら
しいのです。いわば、仏の中の大将軍なのです。
降り立った結果、その後に勝利するか敗北するかで、敗北すれば即ち新しい佛に勝利
されたという意味になるのでしょう。
善も悪も勝つも負けるも智慧の勝負なのです。
   
そういう意味で特に釈迦佛の法や釈迦如来の智慧といって、無数の仏の中での釈迦独
自の法や智慧というのです。その法や智慧が滅びだすのが釈迦の場合は「釈迦の末
法」という時期なのです。
 
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今のこの世が欲界という一佛乗に至れない三界にあるのは何といっても戦いが優先さ
れているからなのです。
釈迦の特徴は戦いであり、完璧に集大成された実戦的な法や智慧だと思います。
なお、釈迦にすれば戦いこそ古くからあった真実の道があり、戦いには道がなければ
ならないということではないでしょうか。
   
この欲界の頂点に帝釈天が君臨していて六欲天を支配しています。
そして、六欲天のうちの四天王が各々四方の州国を支配しています。
そして、その州の国土が微塵に砕かれるように欲の集合支配がガンジス河のほとりの
無量の砂の数の如く打ち砕かれています。
   
その一粒一粒を修行の一番進んだ菩薩にたとえ、その菩薩の人数が多ければ多いほど
成佛達成への道は長くかかるのです。
実にこれは自然淘汰の戦いをそのまま意味する欲界の慣わしなのでしょうか?
   
戦って組織支配が進んでは又、破壊され微塵になるまでそれを繰り返す。
そういう戦いの淘汰が繰り返され少数激戦まで勝ち残ってようやく報われて成佛に近
づいていくという現実の欲望と破滅の世界での修行の厳しさなのですね。
四大天王が四州をみる時より三州、二州、一州をみる時にしたがって菩薩一人当たり
の修行の厳しさは増していくのです。
 
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  6. 今 日 の 振 り 返 り !(脱)
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修行とは厳しく長いものだと知りましたね。また、真面目な修行者の数が増えたとす
れば、それで世界は平和かと思うだけでは現実のこの欲界では非常に甘いことがわか
りましたね。
   
この一筋縄ではいかない難儀な難しさをどう解決策を知っていけばよろしいのでしょ
うか?
誰でもなく、この難しさがあることを知るだけでも断然対応の心がけだけでもついて
くるというものです。
つまり、何も知らない者よりもとても有利な徳になりそうですね。
しかし、それもまた甘いのはもちろんのことなのでしょうね。
  
私は以前、宗教団体の勧誘を受けた時、必ず功徳があるから入信しましょうと言われ
ました。
私はその時、功徳とは何かと尋ねましたが、その勧誘者はご利益など徳やプラスにな
ることだと教えてくれました。
しかし、それは私は何か違う、功徳とは耳慣れないが苦痛や苦労に関して功績を示す
功労のようなことかと最初考え、そのうちに過去の悪い因果を直し改善させることに
よる治癒のマイナス埋めの効果が功徳というものだろうという考えに至りました。
   
私たちもひょっとすれば太古の昔から前世を末永く引き継いで来て今の状態があるの
だと考えられますよね。
それだけ長い時代の間を解決できないままに居るとすれば、どんなに不利でしょう
か?
その不利を改善でき、本当に障害が何もない完璧な状態こそが過去最初にあって、そ
こからまたやり直せるならその徳はかけがえのないものに違いないのでしょう。
   
今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。
末永くご愛読いただけますよう、今後とも何とぞよろしくお願いいたします。
 
  (ぶっけん)
______________________________________
(C) 成安 All rights reserve.

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コメント: 1
  • #1

    ぶっけん (日曜日, 17 5月 2015 15:35)

    『速いことに越したことは無い、最上の教え』