第3-10日 Vol.66  人間に生れ、妙法華経を分別するなり 【法師品第十】(十三~二十一行)


★★ きょうの謎!
  
その謎1:薬王へのある人を誉める喩えで、前回と今回の教えの違いはあるのでしょうか?
   
その謎2:薬王菩薩と法師とはどういう関わりがあるのでしょうか?
 
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■■第3-10日 Vol.66  
    
 人間に生れ、妙法華経を分別するなり
 
  【法師品第十】
  (十三~二十一行)
   
■■今日の一偈一句
 
 ヤクオウ モ ヒト     ナンラ シュジョウ ミライセ オイ マサ サブツ     ウ
 藥王、若し人あつて、何等の衆生か未來世に於て當に作佛することを得べきと
 
 ト    シメ    コ ショニンラ  ミライセ オイ カナラ サブツ     エ   ナニ
 問わば、示すべし、是の諸人等は未來世に於て必ず作佛することを得んと。何
 
  モッ  ユエ  モ ゼンナンシ ゼンニョニン ホケキョウ  ナイシ ク  オイ ジュジ ドクジュ
 を以ての故に、若し善男子・善女人、法華經の乃至一句に於ても受持・讀誦し、
 
 ゲセツ ショシャ  シュジュキョウガン ケ コウ ヨウラク マッコウ ズコウ ショウコウゾウガイドウバン
 解説・書寫し、種種に經巻に華・香・瓔珞・抹香・塗香・燒香・絹葢・幢旛・
 
 エブク ギガク クヨウ ガッショウ クギョウ   コ ヒト  サイセケン  センブ  トコロ
 衣服・伎樂を供養し、合掌・恭敬せん。是の人は一切世間の瞻奉すべき所なり。
 
 ニョライ クヨウ  モッ コレ クヨウ    マサ シ     コ ヒト コ ダイボサツ アノク
 如來の供養を以て之を供養すべし。當に知るべし。此の人は是れ大菩薩の阿耨
 
 タ ラ ミャク ボダイジョウジュ シュジョウ アイミン ネガ コ アイダ ウマ ヒロ ミョウホウケキョウ
 多羅三藐三菩提を成就して、衆生を哀愍し願つて此の間に生れ、廣く妙法華經
 
  ノ フンベツ     イカ イワ   ツ    ヨ ジュジシュジュ クヨウ  モノ
 を演べ分別するなり。何に況んや、盡くして能く受持し種種に供養せん者をや。
 
 
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  1. 今 日 の 解 読 !  (苦)
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薬王よ、もしある通常の人がいて、どのような衆生が未來世に於て本当に作佛す
 
ることができるのかと問われたなら、教えるべし、この通常の人々こそが未來世
 
に於て必ず作佛することができると。何を根拠にそういうかといえば、もし良家
 
の男女が、法華経のほんの一句に於ても受持し・読んでみて理解し・書き写し、
 
様々な手法で経巻に対しお花・お香・装身具・粉末香・練り塗香・焼香・絹の日
 
傘・摩破旗・礼服・音楽を奉仕し、合掌して謹み敬うことをしている。この人は
 
一切世間の敬い見習うべき模範である。このように如來を供養すると同じ気持で
 
この経巻を供養するのだ。しっかりと理解するのだ。この人はなんと大菩薩の阿
   
耨多羅三藐三菩提を成就して、衆生を悲しんであわれむ気持ちにより自ら願って
 
この人間社会に生まれ、広く妙法華経を演説し分別をするのである。何を言おう
 
としているのか、この経巻を究め尽くして身に付けるほどに受持し種種に応じて
 
供養をする者のことである。
 
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  2. 今 日 の 説 法 !  (集)
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前回の部分では、妙法華経のほんの一偈でも受持・読誦・解説・書写してこの経
巻を佛のようにして敬い、多種の作法で供養・恭敬する者は、諸佛の所で大願成
就し、衆生を愍(あわ)れむことでこの人間に生れると、釈迦は藥王へ教えまし
た。
   
今回の部分では、釈迦は藥王に対し、誰か他人に未來世に必ず作佛できるのはど
んな衆生なのかと聞かれたら、そのように尋ねる人々その者こそ皆、未來世に必
ず作佛できると答えよと教え、それはどういう意味かといえば、ある善男子・善
女人であって法華経のほんの一句でも受持・読誦・解説・書写してこの経巻に対
し如來を供養するかのようにして、多種の作法で供養・恭敬する者は、一切世間
の見習う模範な対象であるとして、この人等は大菩薩と同じレベルであって、衆
生を哀愍するが為に自らにこの人間社会に生まれてきて、広く妙法華経を分別し
て説く者であると説明しています。
   
ところで、この前回と今回との釈迦の言っている内容は何だか似通っていて、ま
るで同じようなことをちょっと言葉を変えみて、薬王菩薩が勘付くかどうかを試
しているかのように思えませんか。
なお、この品の最初から釈迦は一貫して、どんな衆生にも法華経に僅かな興味心
さえあれば誰にも平等に阿耨多羅三藐三菩提を授けることや、この法華経はどん
な者でも僅かでも興味付けば誰もが必ず徳を得れるようになれるのだという主義
主張を強調している主旨はほぼ同じ意味だと思えます。
  
また、この品は法師品ですから、法の師匠、つまり経典を詳細に解き明かした頭
の良い法律専門家のようなタイプの者への特別な教えだとも思いますよね。
   
では、なぜ同じような一つの意味を何度も言葉を変えるなりで、何等かをふと勘
付かせようとしているかを考えますと、答えは意外と簡単だが、実はとても勘付
きにくい裏のカラクリを見抜く能力を持つ者が法の師匠というものだと教えたい
のではないでしょうか?
   
つまり、法師たる者はズバリどうのこうので刷り込まれるそのままの知識を鵜呑
みに丸暗記する性質ではなく、幾つかの重要ヒントから自分で応用的かつ伝統的、
そのどちらにも照らし合わせて、解明をする力が試される関門があるということ
ではないかと思います。   
 
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  3. 今 日 の 謎 !   (滅)
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まず、今日の謎を整理して見ることにしましょう!
   
その謎1:薬王へのある人を誉める喩えで、前回と今回の教えの違いはあるので
     しょうか?
   
その謎2:薬王菩薩と法師とはどういう関わりがあるのでしょうか?
 

ご案内

★★ 今日も、お読みいただきありがとうございました ★★

 

本日品のその後の続き文、【今日の謎!の答え、解説など詳細満載】

 4. 今 日 の 知 識 !  (道)
 5. 今 日 の 解 脱 !  (解)

 6. 今 日 の 振 返 り ! (脱)

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3-10

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コメント: 2
  • #1

    ぶっけん成安田 (木曜日, 09 3月 2017 21:33)

    【大事=大切?】
     
    【大事】と【大切】は同じでしょうか?
    私は違うと思うのです。
    たとえば、幸せ=男+女、或いは、幸せ=男×女
    ところで、この計算式はどちらでも良いようなことですよね。
    ただしこの場合、【大事】が幸せであり、【大切】は男女の在り方です。
     
    問題は、幸せになりたいのか?それとも、男女が一緒になりたいのか?計算式の左辺と右辺のそのどちらが優先目的なのかの判断ですよね。
    よって、目的(What)である幸せに対して、どうすれば(How)?の答えが男女の存在であるというわけです。
    しかし、これは幸せになるための例えばの答えを一つ示しただけですので、幸せになるための方法はこのほかにもたくさんあるわけです。
     
    ですから、お釈迦様は目的となる【大事】が最優先であり、それに対して方法の種類は無数にある【大切】なのであることをしっかり教えたいのです。
    つまり、【大切】である方法はある一つだけに執着してはならないということなのでしょう。
    そして、僅かな方法種類だけに執着しないためにも誰もが【大事】のほうへ最優先に目を向けるべきでしょう。
     
    このようなことが、大乗を目指し、小乗を捨てよ、ということだと思います。
     
    (ぶっけん成安田)

  • #2

    ぶっけん成安田 (金曜日, 10 3月 2017 11:18)

    私のような者が最も勘違いしやすいこと。
    それは、自分自身の可能性は何かと探し続けることです。
    それで頭がいっぱいになるということです。
    そして、そのままの状態で他人と接すれば救済のパワーを与えていると思うことです。
     
    根本的にそれは私のような者の典型的な失敗なのです。
    それを更に自分で笑ってしまって吹き飛ばそうとする・・最悪ですね。
     
    こんな自分のような失敗は多くの人には何のことかわからないかもしれない。
    それは知られない方がいい。
    この他人を想う気持ちは確かなんだから、もっと外向けの自分をアピールし発散することを忘れてはならない。
    自分向けの自分なんて自分だけに向ければいい。
    それは、どんな大切な人にも向けてはならない。
    誰にも自分自身のためになる一番大事なことは外向けの自分自身ですね。